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2022.10.02 ... 気温も風の匂いも

すっかり秋になってしまったので

「春のソナタ」という小説を読みたくなり

Kindleで購入し読み始めた。

中学生か高校生の頃大好きだった「いちご同盟」を含めて

3部作と呼ばれるものらしく当時も読んでみたのだが

すっと入ってこなくて途中で断念していた。

冒頭に女子バスケットボールの試合の描写がある

きっとこの女の子たちのほとんどは

いや、学校の部活でスポーツをしているほとんどの人たちは

高校3年間がんばったあと

すっぱり辞めて受験やらやるのだろう。

大学でも続ける人もいる

もちろん社会人になっても続ける人はいる

でもほとんどは3年間の煌めきのあと辞めてしまう。

ふとその感じが自分には合わなかったのだろうな

と思った。

ぼくはこどもの頃から

「やるからにはプロ並みになりたい」とか

「ずっと続けたい。一生やりたい」と思っていた気がする。

だから中学で入った剣道部も辞めてしまった。

部活を否定する気はない

むしろ、学生の時期だけ輝き煌めき

きっぱり辞めて社会人への道を歩むって

かっこよくて憧れる

ぼくも音楽でさえきっぱり辞めよう

と思ったことがあった。

でも全くできなかった。

それができない人間なのだ。

剣道よりもボクシングがやりたかったと思うのも

そのためだ。

ボクシングは日常生活でも使える

というと喧嘩でもすんのかい!

って感じで物騒だが

その通りである。

実戦的だ。

剣道もなかなかだが

竹刀や防具を日常的に持ち歩いているわけではない。

ボクシングは体一つ

一生使える気がする。

そう、僕はキッパリ辞めてしまった人の心が少し知りたい

自分にはできないことをできる人のこと。

短く輝いた部活動の思い出が

大事に胸の中に残っているのだろう。

同じ場所にいたチームとしか分かり合えないような思い出が。

「そんな良いもんじゃない」という人もいるだろう

だからこそ良いものになるようにしていこう。

子どもたち若い人たちに伝えていこう

と思う。

そして昔の自分のような人間に伝わるような作品を作っていきたい

僕は何も分かってなかったから。

いまだに何も分かってないが。。。


2022.07.19 ... 殺さない戦争

戦争も暴力もなくならない

それは僕らを形成する要素だから

それらがなくなれば

優しさや思いやりや

そういったものまで一緒になくなってしまうだろう

6年ほど前

ひとまわり位歳の違うの大学生たちと

そんな話したことあったっけ

「戦争はなくならない、暴力もなくならない

まずそのことを受け入れなければならない

その上でどうするか?

戦争のやり方を変えなくてはいけない

戦争だから殺し合わないないといけない

なんて決まりはそもそもどこにもない

例えば人のいない島で

相対する国が国力の全てを注ぎ込んで作ったロボット同士を戦わせて

勝敗を決める

なんてどうかな?」

学生たちは熱心に聞いていました

若いって素晴らしいよね

なんてすっかり歳食った人間が言うことを口にするようになったもんだ



今ではペニスフェンシングなんていいんじゃないか?

と思ってる

戦争のやり方ね

「女はできないじゃないか!」

という声が聞こえてくると思う

クリがあるではないか。


2022.02.20 ... やばい!

前回の更新からひと月経ってる!

1月末に国家試験

2月頭にライブと続いてたから

ブログのこと全く忘れてた!

「でもそんな僕も可愛い〜」

って思って欲しい

って人間ってほんと自分に甘いよね

とか書こうと思ってて

でもそれすら書き忘れ

ライブの次の週から新曲デモ作成〜スタジオワークに取り掛かってて

今です。

「国家試験」とか「デモ」とか「スタジオワーク」とか

なんかカッコ良さげな響きの言葉並べちゃって

なんなんでしょうね〜。


ともかくシングル曲配信予定!

まだ取り掛かったとこやけど

3ヶ月以内にはリリースしたいな。


2022.01.22 ... 干からびた大地

さっき夜中4時前に目が覚めた。

前の車にほんの軽くだけどぶつけてしまう夢を見た。

それはいいとして

その後に浮かんだのが

「僕、中学生の頃、親に働きたいって言ったなぁ」

ってこと。

ここ最近よく思い出す。

多分人生のターニングポイントだったんだろう

そして僕は「選択を間違えた」

と思ってしまっている。

だからずっと忘れられないのだろう。




なんでそんなこと思ったんだろう?

おそらく父の

「俺が食わせてやってるんだぞ」

「たっかい金払って私学通わせて」

(そう、僕は中学受験をして私学の中学に入っていたのだ)

そういう態度に

子供ながらに真剣に考えた結果の発言だったと思う。

別に私学通いたいなんて一度も言ってないけどね

受験のために通っていた塾なんて

何度やめたいって揉めたことか。。。

実際やめたしな笑

「そんなに大変なら協力したい」

って本気で思ってた。

なんて純粋なんだ、そのころのぼく涙



きっかけは父の態度だったかも知れないけど

実際お金を稼ぐ

自分で稼いだお金で自分の力で生きていく

ということに興味があったし

「中学校で教わる勉強に全く興味持てないから

こんなことのために高いお金を払うのは意味がない

親に払わせるのも申し訳ない」

と本気で思っていた。

し、今でもそう思っている。



で、結局働かなかったんだよねぇ

父は「ええやんけ、新聞配達でも何でもやらしたったら」

と言った。

母は「そんなことようさせんわ。近所になんて思われるか」

みたいなことを言っていた。

その頃は

「母さんは僕のこと心配して言ってくれてるんだな」

と思ったけど

今この発言を見ると全然違うね笑

母は世間体しか気にしていない。ほんとファック!笑



でこの10年近く後

学業を終了した僕は

1年ほど実家にてニートをすることになるのだが

その時の「さっさと働け」ってムードは思い出すと笑ってしまう。

「働きたい」って言った時には「働くな」

働かずニートをすると「働け」って

何でお前らのタイミングで働いたり、働いたらダメだったりすんねん

そんなアホな話あるかい!ってな。

何で中学生でセックスして怒られて

二十歳越えたあたりに

「結婚して子供作れ」っていきなり言われなあかんねん

その基準どこにあんねん

やりたい時にやりたいことやらせましょうよ

決められたタイミングなんてないと思う

「何歳になったらセックスをしましょう」

なんてあるか??

今引きこもったり、問題を抱えてる人って

やりたい時にやりたいことやらせてもらえなかった人だと思う。

「やらせてもらえなかった」

と他者のせいにする物言いでなく

結局は自分で活路を見出して進まなければならないんだよね。

そこで親や学校、社会にミスリードされてしまうと

かなり遠回りしてしまう事になる。

だからインターネットで何でも調べられる今の時代は

本当に羨ましい。

師匠は「図書館で調べた」って言ってる。

僕はそこまで頭が回らず

ただ腐っていたなぁ。

当時の僕にもし会えたら色々教えてあげたいなと思う。




で、「中学生で働く」の話に戻すけど

この頃中2だったかな

頼朝ならすでに戦に行って伊豆に流されてた。

武士の世なら元服する歳だよね。

その私学中学の近くにある美味い洋食屋のおじさんも

中学生の頃から修行してたと言ってた。

丁稚奉公とか手に職つけるとか

この時期からやらないと間に合わないことも結構ある気がする。

だから僕のように思うってのは

間違えた話ではない気がするんですよね。

お年頃なら30%以上は思うことかも

なんて、なんの根拠もないけどね。


そして中学生で働かなかった僕は

ピアノを習い始めます。

これがまさに

「干からびた大地が水を吸っていくように」

吸収していくわけです。

つまり

とにかく吸収したかったんやろね

よく子供は「勉強したくない」とか言うけど

それは学校や親から提示される勉強をしたくないってこと

多分「自分にとって意味があると思う勉強」

をしたいんだよね

成長期やもん

吸収したくてしょうがない

渇望

していると思う。

これはお年頃なら70%以上は思うんちゃうかな。






最後に、面白いのが

僕、社会に出てから

中学卒業以上の資格が必要な職に就いたことがないんですよね

結局そういうことなんですよね。


僕には高校以上学校で学ぶ必要はなかった。

ひょっとしたら中学も。。。

もう見切ってたもんね。

今でもそう思います。







2022.01.15 ... 女性は命を守り男性はメンツを守る

学生時代、合宿へ行った。

夜、山の中

先輩が運転するバンが道を踏み外し

車体が傾いた。

感じ方によっては斜面に転がり落ちるような危険性があった。



男女合わせ10人以上が乗っていた。

女たちは震え上がり

中には泣き喚きパニックになるもの、

怒り狂うもの(「落ちたら死んでるで!」みたいな)

男たちは

「俺はこんなもの怖くも何ともないぞ」

と言わんばかりに戯けて見せた。



と書いたが

実際に泣き喚いた女子1名

怒り狂った女子1名

戯けていた男子1名

って感じかな

他の人たちはあまり感情を表に出さないように

なるだけ冷静に努めようとしていた。


僕の印象では女性が怖がっている

もしくは恐怖を隠すことなく表現しているように見え

男性は「そこまで騒ぐことじゃないでしょ」

という態度を取っているかように見えたけど

本心では

「こっわ〜!死ぬかと思ったぁ〜!でも僕男の子だから怖がったりしたら恥ずかしい奴みたいになっちゃうから我慢するんだもんね〜」

って思ってた男子が何人いたかは分からない。

タイトルに戻すけど

「女性は命を守り男性はメンツを守る」

執着して守ろうとする姿に

「男は(女は)欲深くていやらしい」ってお互い言い合うんだよね。



基本的に男女差ってそんなにないかなって思ってるけど

ってか男女ってグラデーションになってるって思ってるから

男男 男女 無 女男 女女

ってな風にね(めちゃ簡略化してるが・・・)

ってか社会の中で育まれた性と元々の性とがあるよね

やばい収集つかんくなってきた。

こうやって書いてると

「男は〜」とか「女は〜」とか

何かとレッテル貼り決めつけたがるのは

ただ書きやすいだけ

話として筋が通しやすいだけ

みたいな気もしてくるね。

今回、僕もこの話は

実際に経験した事柄から導き出した機微な男女差

みたいに結論づけようとしてたけど

やっぱその方がまとめやすいというか

落とし所をつけやすく

「なんかそれなりにちゃんとした意見いうてる風」

に見せられるもんね。

クソだよね。そういうのって笑。



2022.01.05 ...

が読めるようになってきた

最近ようやく。


自分はもう本を読めない部類の人間なんじゃないか?

と思っていた。

「本を読める人」「本をたくさん読む人」

に憧れてきた。

それはおそらく母親や兄からの刷り込みだろう

ずっと

「本は良いものである」「本を読む奴こそ偉い。賢い」

と言われ育てられてきた。

親父は肩身狭かっただろうなぁ

全く本を読まない人だった

サンデー毎日のエロ小説は読んでたっぽい笑




そんなこんなで

本を読んでる人ってカッコいい

というのは僕の中にもあり

常に本を手に持つようにしてきた

僕と付き合いがある人の中には

僕に対して「よく本を読む人」

と思っている人もいるんじゃなかろうか?

それくらい家にも本を置くようにしていたが

これがまぁ、読めない

文字を見ても頭に入ってこないのだ

会話をした人の顔は忘れない

映像記憶が正確である

とか

自分はビジュアルに強いんだなぁ

と納得し始めたところだった

実際に映画も見まくったし

漫画も好きだ

しかし映画をはじめ

映像コンテンツに飽きはじめている

年に100本ほど観ていたのに

もうほとんど観なくなった。

漫画はちょこっと読んだりする

気になった漫画があれば一気読みしたり。。。



なぜか辿り着いた先が

「活字」だった

「文字読みたいな」

とふと思うことが増えた。

Twitterも見るの好きなんだけど

そのせいなのか?

あとKindle端末を去年から使いはじめた

読みたいその瞬間に読めないと僕はダメなのだ

と思って読みたい時に購入してたら

ちょこちょこ読むようになった

紙の感触はとても好きなんだけど

読み続けるのにストレスもあったんじゃないか?

と思ってる。

重みや、バサッと落としてしまったり



あと、母や兄が勧めてくる本が

全然自分の好みと違った。

僕からすると「クソ真面目」な本。

ギャグっぽい本を勧めてくれることもあって

それは好きだったりしたけども

というか

彼らは彼らが興味があるものを

自分で探して読んでいただけだよな

やっぱり人から勧められるものではなく

自分の好きなものは自分で見つけないとね


生まれ育った環境の呪縛から逃れるのは

なかなか難しい

それに囚われ苦しんでいる人

結構いる気がする。

解放を歌いたい

って言葉硬〜い

ギャルっぽさ大事にしたい

最近ギャルって良いなって思うようになってきた

その話はまた別の機会に。。。


2021.12.22 ... 周りの空気

をとても読みながら生きてきた気がする。

と言うと

僕のこと知っている人は

「マジかよ」と笑うかも

兄も

「こいつは好き勝手やってきたからなぁ」

と笑っていた

「とんでもない」って感じだが。



ふと桑田佳祐さんの話を思い出した。

「地方回ってる時にスナックとかで歌ってとか言われると

職業病か悲しい性か

調子に乗ってつい何曲も歌っちゃう」

というようなことを言っていた。

きっと人を楽しませるのが好きなんだろうな

期待されると「応えなきゃ」って思うんだろうなぁ

とか考えてしまう。

桑田さんは鬱だって噂も聞いたことがあるので

躁鬱なんだろうなって

その場では「自分がやんなきゃ、楽しませなきゃ」

ってなって

周りにも「楽しいやつ」みたいに思われてしまっているけど

実は次の日ズーンと沈んでいる。

桑田さん、そう言うタイプと見た!

僕はそういうタイプだよ!



何度も母にされた話がある。

妹がまだ本当に赤ん坊の頃だったろう

正月に家族でじいちゃんの家に挨拶に行った。

じいちゃんが話をしている途中に

ぼくが

「じいちゃん。もうそんなんええから

はよ お年玉ちょうだいや!」

と言って

じいちゃんは「こいつ!」となって

みんなで笑ったという話。

まるでサザエさんのようなお話。

微笑ましいですよね。

僕はこの時のことハッキリ覚えてて

ワザと言いました。

「こういう風にしたら大人は喜ぶだろう」

「みんな笑顔になるだろう」

と分かって言った。

てかそういうエピソード結構あるけど

全部周りを楽しませたいためにやっていた。

そう言うと母は

「嘘つけ!そんなわけない」

と怒ります。

僕はとても悲しい気持ちになります。

「人を楽しませたい」

という気持ちがある反面

「みんなのことを思ってやったんだよ」

ってことをせめて親とか身近な人には理解してほしい。

って思いがやはりありますよね。

もうとっくの昔に諦めましたけど。

特に親に関しては。。。

子供の無邪気な可愛い思い出として取っておきたいのでしょう。

ならばそうさせてあげましょう。


なんて言うか

「楽しくない雰囲気」というのが

耐えられない性分なんですね。

「盛り上げないと」

とか

「自分がなんとかせねば」

みたいに思ってしまうタチなのでしょう。

そんなことしなくて良い

ということに気づいたのは

ここ最近のような気がします。

大勢が集まっている場で

つまらなそうに

隅っこでポツンといる人とか見ると

すっごく気になってしまうんですよ。

でも気にしなくて良いんですよね。

それもほんと最近気づきました。



そう

他人のことなど考えずに

もっと自分のことを考えてあげれば良いのです。

ということに最近気づいた僕でした。


人生っておもしろい。